響き

響き No.87 2019年9月29日発刊

十二人の使徒
ルカによる福音書六章一二~一六節 
塚本一正牧師

「イエスは祈るために山に行き、神に祈って夜を明かされた。朝になると弟子たちを呼び集め、その中から十二人を選んで使徒と名付けられた。」(ルカ福音書六章)

 主イエスはひとり山に登られ、夜を徹して神に祈られました。
 主はマタイ福音書六章で祈りについてこう教えておられます。「祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。」このご自分の教えどおり、主はこの夜ひとり山の上で、天の父なる神に祈られたのです。
 この時主イエスは何を祈られたのでしょうか。マタイ福音書の教えの続きで、主は「父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ。だからこう祈りなさい」と言われて、「主の祈り」をお教えになりました。「天にまします我らの父よ、願わくは御名をあがめさせたまえ、御国を来たらせたまえ、御心の天になるごとく地にもなさせたまえ...。」
 主イエスはこの夜も「主の祈り」を祈られたのではないでしょうか。すなわち、「天の父よ、この世で御名があがめられるために、御国が来るために、御心がなるために、どうか使徒を選ばせてください」と。そして翌朝、主イエスは、祈りの中で示された天の父なる神の御心に従って、十二人の使徒をお選びになったのです。
 この時選ばれた十二人はどのような人たちだったでしょうか。私たち人間の考えからすれば、彼らは人一倍強い人たちであって然るべきでした。この十二人の使徒からキリスト教会の歴史が始まるからです。彼らは、これからキリストの福音を世界中に広めるための先行部隊・精鋭部隊であり、他の誰よりも頭脳明晰で弁が立ち、何があっても挫けない強い精神力の持ち主であるべきだったと、私たち人間は思うのです。
 しかし神の御心は違っていました。この十二人は、他の誰よりも、救い主キリストの助けを必要とする人たちだったのです。
 たとえば、ペトロがいました。この後主を三度否認してしまうペトロです。また、トマスがいました。この後主の復活を信じず疑ってしまうトマスです。さらに、イスカリオテのユダがいました。主を裏切る罪を犯すユダです。彼らを見てはっきりわかることは、使徒たちは、他の人たち以上に、最も主の憐れみ、主の助け、主の赦し、主の導きを必要とする人たちだったということです。そういう十二人を主はお選びになったのです。なぜでしょうか。
 使徒の使命は、キリストの十字架と復活の証人になることです。すなわち、世の人々に「キリストの十字架と復活によってこそ人は救われる」と、命を賭けて証しするのが使徒なのです。そのような使命にふさわしいのは誰でしょうか。それは、他の誰よりも、キリストの十字架と復活の救いを必要とする人です。ですから主は、そのような者であるペトロら十二人をお選びになったのです。
 使徒は、初代教会特有の職務で、今はない職務です。今は、私たちキリスト者全てが、世の人々にキリストの十字架と復活の救いを証しするために立てられています。キリストの救いがなければ生きられない罪と弱さを持つ私たちを、主は証人として用いられます。それはこの世に「主の祈り」が実現するためです。救い主イエス・キリストによって、この人間の世で神の御名があがめられ、神の国が到来し、神の御心が成って全ての人が救われるために、主は私たちを用いられるのです。この主の御心にお応えする私たちです。

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